プロフィール

開運カウンセラー野上佐知子

野上佐知子

 

私は占術の中で「手相」が一番好きです。

「実感し、本気で行動し、努力をし続けると確実に良い手相に変わる」からです。

二番目に好きなのは命理学の「紫微斗数」です。その干支の一年ずつと、十年の運命(仕事運、家庭運、財運、健康運、配偶者運等々)の傾向性が分かるからです。特に欽天四化派は色々な流派の中でも的中率がダントツです。「手相と紫微斗数を併せて観ると最強の鑑定」になります。

 

手相を初めて知ったのは小学校低学年の頃です。

秋田の実家では雪が降る季節になると、行商のおじさんがお昼のお弁当を食べるため家に寄り、時々母の手相を観ていました。

その頃から「掌でその方の人生が分かるの?」と手相に興味を持ち始めました。

しかし、成長しても手相のことは書店での立ち読み程度でした。必ず専門職の仕事がしたいと目標を持ち、46歳で正看護師になり、主に病院の病棟で充実感を感じて10年間働きました。しかし2007年秋頃から、元来弱かった腰が痛みだし、歩行にも支障が出てきて2008年4月腰の手術をしました。

2008年3月、偶然雑誌で知った有名な手相家の鑑定を受けました。その先生が「あなたはコンサルタントに向いていますよ」とおっしゃってくれました。当時は「私がコンサルタント?」と思いましたが、今は、そのお言葉が腑に落ちています。ちなみに紫微斗数の命宮にコンサルタントの主星があり、しかもそれで対価がいただける化録がついています。

本格的に手相を覚えたいと決心し、2008年7月から半年間、その有名な手相家の「プロ手相家養成スクール」で学び、2012年1月プロの手相家としてスタートしました。

看護職に就いて8年目、最愛の夫が末期がんになり一年間の闘病の末他界しました。ショックで心のバランスを崩し、うつ状態になり「がん遺族会青空の会」で5年間グリーフケアを受けました。時の経過と共に、最愛の夫の死と向き合うことができるようになり、言語化し心の整理も兼ねて、2011年11月青空の会の例会で体験発表をしました。(2010年9月フジテレビの「エチカの鏡・終末を考える」の最終回にテレビ出演をしました。)

2010年1月、夫の「遺稿集・偲ぶ」と2011年8月、夫が書き残した児童文学作品集「花はなに色?」を、絵本作家・画家・詩人の葉祥明氏に、オリジナルの表紙絵と挿絵を描いていただき、自費出版を致しました。その児童文学作品集を夫の故郷の新潟県長岡市と、在住していた埼玉県川口市の全小中学校へ寄贈しました。

最愛の夫が亡くなった時、運命を呪いました。なんで私が……登り坂、下り坂、「まさか」が人生にはありますね。この世に生を受けた方は魂の成長のため、人によって大小ありますが、色々な困難に出会います。「違いをもたらすのは、困難にぶつかるかぶつからないかではない、人生のなかでかならずぶつかる困難にどう対応するかです」対応の仕方によって魂が成長し、人としての器が大きくなります。しかし困難の渦中にいるときは誰でも、もがき苦しみ、しんどいです。そのようなときは一人で悩まず、「野上佐知子」にご相談してくださいませ。(しんどい時は口に出して手離すことで、心が軽くなります。)

お客さまが、「癒され、実感でき、本気で行動を起すよう、手相と紫微斗数など」でカウセリングをいたします。

「癒され、元気(パワー)が出て、自分の未来を明るく考えられることを、モットーにカウセリングと鑑定をいたします。」

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